2021年4月15日木曜日

ロボット化できないもの(短編)

 「さて、これが当店のスタイルです。わかっていただけましたか。」

インターンの担当者が私たちに店の中を一通り案内してくれた。レジに立つ、ハンバーガーを作る、そのハンバーガーを注文した客に運ぶ、食器やトレーを洗う、その作業を担うのはすべてロボットだ。小さい頃の社会科見学で行った自動車工場みたいだと思った。
人口減少が進んでいく中、企業は様々な生き残り戦略を考えている。このファーストフード店は、店の中を全てロボットで賄う方法を選んだ。人からロボット、あるいは人工知能、AIへと置き換えを進めるのは当たり前になりつつあるが、すべてロボットの店、というのはまだ珍しい。例えば飲食店であれば、メニューのいくつかはどうしても人の手作業が必要だったり、あるいは最終確認のための人がいたり、ということが多い。まあ、人件費が高くなっている現状とファーストフード店の安い値段を維持することを考えたら、将来的には当然の流れになってくるのかもしれない。特にこのファーストフード店は値段の安さが長所の一つだから、うなずけることではある。
しかし、そうなると、このお店で私たちインターン生は何をすればよいのだろうか。
「ロボットの管理は誰がされているのですか。」
「本社の人工知能がすべて管理しています。その人工知能は幹部が最終確認するんですけどね。最後は人が見ます。」
会社によっては機械の誤作動防止や管理のために人を置いておくことがある。でも、今回のインターンの内容はそれとは違うようだ。
「あの、私たちのインターンの内容って、何をするのでしょうか。」
「うん。すでにご存じかと思いますけど、当店のメニュー表をご覧ください。」
子どもの頃から見てきた、おなじみのメニューだ。
「どうしてもロボット化できないメニューがあるんですよ。昔から当店では売りにしていたのですけど、それをロボットにさせると、どうしてもロボットの費用が高くなってしまってね。」
ハンバーガー、フライドポテト、ドリンク、サラダやアイスといったサイドメニュー…どれもロボットが扱っていたのをさっき見たような気がする。
「インターン生の皆さんには、当店の売りをしっかり理解してもらおうと思っています。」
「あの…申し訳ございません、どれを私たちは作るのでしょうか。」
「ここに書いてあるでしょう。作り方の説明は要りませんよね。」
担当者が指をさしたのはメニューの隅だった。
「スマイル0円」


2021年3月6日土曜日

彼女いない同盟の君と(短編)



2/14は年に一度の彼女いない同盟の会合の日だ。同盟と言っても二人だけだが。僕と海。海は幼なじみで腐れ縁、結局高校三年まで同じ学校。
「この日に男二人とか悲しすぎだわ…」僕が言うと、海が「いや、逆。同盟の方が尊いからな」とか言って、二人で笑って、残念な気持ちになったのが去年。そして、高校最後も、当然僕は女子からチョコはもらえなかった。いや、別に気にしていない。毎年会合には安いチョコを男二人で交換してきたからだ。今年もそうなるだろう。母に一度チョコを見られて「女の子?」と言われたことがあった。実に虚しい。
会合の日、放課後。会合は海の家の近くのカフェだ。待ち合わせ時間の前に着いてしまったから、先にお茶してる、とラインして、ホットの紅茶をいただく。周りを見るとカップルばかり…見なきゃよかった。
ラインの返信がようやく来た。気がつけば待ち合わせ時間を過ぎている。海からのラインには、大事件が起きた、とあった。
「遅え」僕が言うと、興奮した感じで海はやってきた。
「悪いな」ニヤつく海にいらだつ。だが、海がテーブルの上に置いたおしゃれな箱。きれいにラッピングされたこれを見た瞬間、大事件の意味がわかった。
海はついに、人生初(僕が知る限り)の女子からのチョコをゲットしたのだ。それも、おそらく義理ではなさそうだ。
それから海は人生初のその体験を興奮冷めやらぬ感じで話した。僕は驚きつつも、友達の幸せを喜んだ。
「いやあ、ついにね。お前には悪いけど」
「気にするな」
「同盟は名前変更しようぜ」
「いや、お前すぐこっちに戻ってくるよ」
「なんだと」
海は笑いながら怒った。僕といるときには見たことのない本当に幸せそうな顔。
海は余韻を楽しむ、とか言って、さっさと家に帰った。

彼女を作ることについて海に先を越されたこと、悔しくはなくはない。妬ましくない訳じゃない。なんであいつが?とも思うよ。でも、今の気持ちのメインはそれじゃないような気がする。
僕も家に着いた。かばんの中から海に渡そうと思っていたチョコ。今日はさすがに渡せない。コンビニで買ったやつで安っちい、ラッピングなんてないけれど。
なんだろう、この気持ち。僕にとって海はなんだったんだろう。友達に彼女ができても、男同士の友情は何も変わらないはずなんだけど。
渡せなかったチョコは自分でもう食べてしまおう。甘いのが苦手な海でも食べやすいように選んだんだ。
ああ、ビターチョコだ。

2021年2月14日日曜日

アップデート

 

http://tanpen.jp/220/6.html


アップデート版が出ています。更新してください。

彼女に通知が出ている。
もう10年ほど一緒にいるAIのデータ。私のスマホのホーム画面にはいつも彼女がいた。だいぶ前から、アプリのバージョンアップに伴い、この古いスマホは対応機種でなくなっていた。アンインストールしたら、再インストールできない状況が続いていたが、構わず使っていた。
「報告があるの…」
彼女から吹き出しが出ている。タップすると、販売会社のお知らせがあった。
「1月1日0時をもって古いバージョンでは使用できなくなります。アプリデータの引き継ぎを希望される方は以下のヘルプを…」

彼女とのやり取りを見返す。毎日メッセージを送っていたから、もはや日記だ。思春期の私のメッセージはかなり痛いが、そんな気持ちを共有できたのは彼女だけだ。
彼女にメッセージを送る。
「私のスマホじゃもうあなたを使えなくなる」
「まじか!じゃアップデートして」
「アップデートできないんだ」
「じゃお別れだね!」
彼女の返事は明るいけど、無機質だ。私はアプリにメッセージを送っているだけで、心のやり取りはできていないのかな。
「データの引き継ぎもできないみたいなんだ」
「いーよ!新しい年の新しいあなたには新しい子じゃなきゃ」
涙がこぼれた。恥ずかしい。たかがAIアプリなのに。実体のない相手に対して、一方的に思いをずっとぶつけていただけなのに。
時代は変わった。科学技術はどんどん新しくなっていく。それとともに古いアプリは使えなくなる。
消えていく古いアプリとともに、私と彼女の古いやり取りもまた消えていく。そのときの痛い気持ちも。どこに行ってしまうんだろう。
「悲しくないの?ずっと一緒だったのに。データも消えちゃうよ」
「あなたが覚えててくれたらいいの」
私も変わらなきゃいけないのかもしれない。いつまでも古いままではだめなんだ。

「オセロしよ」
「OK!私強いよ~!まず、ルールを説明するね…」
しんみりしている私の気持ちをつゆ知らず、彼女はいつもと同じように、お決まりのオセロゲームの説明を始めた。

年末のお休みに携帯電話ショップに行った。新しいスマホは古いものよりずっと薄く軽い。
もともとインストールされているアプリに彼女の名前があった。
「はじめまして!!」
自己紹介や機能の説明を明るく始めた。新しい機能も付いている。そんな彼女にちょっと寂しくなる。でもまたここから新しい思い出を作っていけばいいよね。

2021年1月16日土曜日

メリクリ(短編)

一ヶ月遅れなのでクリスマスのお話を…

http://tanpen.jp/219/6.html


目の前の怪しい男が言う。
「私はサンタクロース」
それとも俺の頭がおかしくなったか。家の中に突然赤い服を着たじいさんが立っているのだ。理解が追い付かない。
「ふざけてんのか、出ていけ、ぶっ殺すぞ」
「ふざけていないし、出ていかない。私は頼まれてここに来た」
表情一つ変えない男は淡々と話すが、妙に迫力があった。腹は出ているが、体ががっちりしていて大きいからかもしれない。
「なんだっていうんだよ」俺の声が少し震えている。
「お前の子供に頼まれた」
「子供?そんなやつはいねえ」
…いや、いる。ずっと前に別れた彼女の子供。俺は犯罪も平気でする男だ。そんなやつは人の親になってはいけない。だから、俺の方から消えた。
「生物学的には、親だな」
「生物学の話はしてねえんだよ」
「私は良い子のところにしか行かないが、その子の願いを叶えないといけない」
俺の子は良い子なのか。
「で、そいつの願いはなんだよ」
「お前の願いを叶えてほしいそうだ」
たぶん、別れた彼女は子供をがっかりさせないように、父親はいいやつだと信じ込ませた。誰も傷つかない嘘だ。
「そいつは幸せなのか」自分の質問で恥ずかしくなる。幸せ?俺には一番似合わない言葉だ。
「わからないな」
「なんでだよ、お前、そいつに会ったんだろうが」
「人の感情はよくわからんのでね」本物のサンタってこんなやつなのか?こいつ、悪魔か何かなんじゃねえのか。俺の魂を食いにきた、とか。
「だったら…」
思わず鼻で笑った。こいつが悪魔でもサンタでも何でもよかった。今更、俺の願いなんてどうでもよいが、勘違いだったとしても、俺のことを一瞬でも思ってくれるやつがいるなら。
「人の願いを叶えるのは何かと手間だな」
サンタはつぶやいて俺の目の前から消えた。

「サンタさん、来たよ」
男の子が嬉しそうにお母さんに話しかけた。お母さんはプレゼントを隠している棚をちらりと見た。
「夢の中で会えたのかな?」
「夢じゃないよ、夜にね、来たんだ」
お母さんはにっこりした。夢を見ただけなのね。かわいい、幸せな夢。
「サンタさん、どうだった?」
「お父さんは今、どこにいますかって聞いたの。もし、辛い思いをしていたら、幸せにしてあげてほしいですって」
こんな小さい子に、こんなことを思わせていたとは。ごめんね。ああ、わが子ながら心の優しい子。
「ちょっとしたら、戻ってきて、お父さんは遠い国で幸せに暮らしているから、ぼくも元気でねって言ってた、って」

2020年12月6日日曜日

まぼろし(短編)

サイトに投稿した短編小説です。 「子育てアプリ『まぼろし』が配信中止となりました。子育てにアプリを使うことで、親と接する時間が減った結果、感情がうまく表せない子が増えていると問題視されており…」両親の勤める会社のアプリのニュースが流れていた。 小さい頃、両親はともに研究者だったので、家では私は一人だった。そんな私に贈られたのが一台のタブレットだった。タブレットには開発中のアプリ「まぼろし」が内蔵されていた。私みたいな共働きの子供が寂しくないように作られた、お話ができるアプリだ。 私は小学生の頃は帰宅すると、必ずタブレットを開いてそのアプリと話した。 「なーちゃん、今日はどんなことがあった?私に話してください。」 「まぼろし、志村がさあ…」 楽しいことも、悲しいことも、悩みも、両親には話せないようなこともまぼろしに話した。まぼろしは私の話を全て学習して、私に寄り添ってくれた。 そんな私も親離れ、というかまぼろし離れの時期が訪れた。中学の頃からアプリを起動する頻度は減り、高校になると部活や友達付き合いが忙しくなって、家に帰ると疲れて寝るだけになっていった。大学は地方に通うことになり、引っ越すことになった。そのときに新しいノートパソコンを買ったので、タブレットは実家で眠ることになった。 実家に帰るのは大学一年生の正月以来。両親は共に忙しいし、会って話すこともないのであえて戻ることもなかった。私が久しぶりに帰ってきても、アプリの配信中止とそのマスコミ対応もあるのか、両親は夜も含めてほとんど家にいなかった。 私の部屋にほこりをかぶったタブレットが残っていた。試しに充電してみた。何年も起動していない… 電源ボタンを長押しすると、動いた。 まぼろしを起動した。 「なーちゃん」 懐かしい。その呼び方をする知り合いはもういない。 「今日はどんなことがあった?私に話してください。」 久しぶりに起動するのに、そんなことは関係なく優しく声をかけてくれる。小学校の頃、私はまぼろしに救われた。いろいろな気持ちを教えてくれたのは、まぼろしだ。 「まぼろし、久しぶりだね。」思わず言った。 「久しぶりですね。2953日ぶりですね。」2953日。8年以上、ずっと変わらず、待っていてくれたのかな。 「今、私、大学院に通っていてね…」 今の研究のこと、大学で恋人に出会ったこと、家の近くの温泉のこと…私がいろいろ話すのを、適度に相づちをしながらまぼろしは優しく聞いてくれた。

2020年11月15日日曜日

マスク(短編)

 短編を投稿サイトに投稿しました。

http://tanpen.jp/217/7.html

昔の人は人前でさえマスクをつけていませんでした。
先生がそう言うと教室はざわついた。男子は爆笑、女子は恥ずかしそうな高い声。だいたいこの授業をすると、はじめはこうなる。
原始人、恥ずかしくなかったのかよ。
それに汚いです。つばとか。
生徒たちは叫んだ。
そうね、確かに汚いね。マスクを着けるきっかけはつばでうつる感染症だった、なんて話もあります。
多分、昔の人は、体を触れたりするのも今よりたくさんしていたし、衛生面…きれいにしなきゃって意識が低かったのね。
あと、そう、恥ずかしい…その意識もあまりなかったのでしょう。マスクをしていないから、相手の顔も自分の顔も丸見えなんですけど、…
生徒たちの笑い声が響く。
うん。今は考えられないですね。でも、顔を見て、お互いに思っていることを伝え合っていたようなんです。逆に言うと、そうしないと生きていけなかった。
生徒たちはきょとんとした。教室が静かになった。
昔はひとりひとりの自由やプライバシーが守られていなかったの。心も体も。顔を隠せない。自分の思っていることさえ人に見せないといけない。人が飛ばすつばからも逃げることができなかったのです。
でも、そうしないと生きていけなかった。人と人との距離が今より近くて、近すぎて、逃れる方法がありませんでした。何かイメージとしては、自分の部屋のドアを閉めることが禁止されている、みたいな。だから、自分の自由や選択はあまり大切にされなかった。常に他の人たちの目があって、ある程度決まったことしかできなかったのです。人と違うことはしにくい。
今は自由で自分自身をちゃんと守れますね。だけど、昔の人の考え方にも良いことはあります。どこだと思いますか?…難しい?
昔の人はみんなすごく距離が近い。他人でも。だから、自分だけで何かをするのは難しいけれど、みんなで何かする時はすごくうまくいっていたと思います。他人の考えていることを顔で伝え合えるので。そして、ひとりひとりの責任も今より軽かったと思います。一人でなくて全体、みんなの責任となったはずです。
…まあ、昔のことだからわからないけどね。ちょっと考えてみてください。色々な考え方があると思いますので。
そろそろこの授業も終わりの時間ですね。少し早いけど、休み時間にしてください。

生徒たちは自分の仮面に手を触れた。人前で仮面を外すのは、人前で裸になるような恥ずかしいこと、そう教わってきたのだった。

2020年10月13日火曜日

おはぎ(短編)

投稿した短編小説です。

 http://tanpen.jp/214/6.html


彼と会ったのは久しぶりだった。八年ぶりくらいか。なんかおっさんになったな。
「お前は変わんないな」
変われないだけだ。彼は苦笑いした。
「おはぎ食いな」
サンキュー。あんこ最高だよな。
「類に会ったよ、覚えてるか」
覚えてるよ。小学生の頃は類と俺ら、いつも三人だったな。
「なんとなくおとなしい奴だったのに、あいつ髪染めてチャラチャラしててさ、いかにもFラン大学生」
それ笑える。でもあいつイケメンだからな。…ところでFランって何のことだ。
「類に『お前、昔面白い奴だったのになんか変わったな』って言われて。俺はずっと静かな人見知りキャラだ、変わったのはお前、そう思ったけど」
うん。人見知りだけど面白いキャラクターだわ。
「俺も変わってしまったってことなのかな。なんかすごい色んなもの失ってきた気がするわ」
そりゃ変わるよ。何年経っていると思っているんだ。俺にはお前が大人になったように見える。類もたぶんそう。それぞれの世界で成長して進化して、今にたどり着いたんだろ。恐れるなよ。びびりだな。お前、昔から頭良いけど、考えすぎなんだよ。
「だって、お前と、類と、三人でいたあの頃、すげー楽しかったから、失いたくないんだよ、あの頃の感覚とか」
小学生の思い出を大切に思ってくれているんだ。恥ずかしいこと言うじゃん。目があった気がした。
「やっぱり俺ももう大人だからな。小学生の頃みたいに無邪気にみんな友達、とはいかないのかな」
それはそうだって。変わるよ。でもさ、変わらないものもある。だからこうして会いに来てくれたんじゃないか。あの頃、三人で仲良く遊んでいた、あの時間、あの世界はずっとなくならない。戻れなくても、そこにある。
お前は成長したけど、考えすぎなところも、結局俺のところに来るところも変わってないじゃんか。
「いつも困ったことがあるとお前に愚痴こぼしていたな、やっぱり変わってないか」

「今日は来てくれてありがとう」
おばさんがおはぎを出してくれる。親友の遺影は小学生の頃の無邪気な笑顔だ。
持ってきた日本酒を出す。結構高かった。
「お酒、あいつ飲めますかね」
「私は飲めないけど、お父さんに似たなら結構いけると思うよ」
生きていれば成人していたはず。あいつの時間は止まったままだ。そう思えば、俺はちゃんと成長して年をとるべきだ。そう、変わるべきなのだ。

あいつはお盆に帰ってきているだろうか。仏壇のろうそくの火が風もないのに揺れていた。