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2020年11月15日日曜日

マスク(短編)

 短編を投稿サイトに投稿しました。

http://tanpen.jp/217/7.html

昔の人は人前でさえマスクをつけていませんでした。
先生がそう言うと教室はざわついた。男子は爆笑、女子は恥ずかしそうな高い声。だいたいこの授業をすると、はじめはこうなる。
原始人、恥ずかしくなかったのかよ。
それに汚いです。つばとか。
生徒たちは叫んだ。
そうね、確かに汚いね。マスクを着けるきっかけはつばでうつる感染症だった、なんて話もあります。
多分、昔の人は、体を触れたりするのも今よりたくさんしていたし、衛生面…きれいにしなきゃって意識が低かったのね。
あと、そう、恥ずかしい…その意識もあまりなかったのでしょう。マスクをしていないから、相手の顔も自分の顔も丸見えなんですけど、…
生徒たちの笑い声が響く。
うん。今は考えられないですね。でも、顔を見て、お互いに思っていることを伝え合っていたようなんです。逆に言うと、そうしないと生きていけなかった。
生徒たちはきょとんとした。教室が静かになった。
昔はひとりひとりの自由やプライバシーが守られていなかったの。心も体も。顔を隠せない。自分の思っていることさえ人に見せないといけない。人が飛ばすつばからも逃げることができなかったのです。
でも、そうしないと生きていけなかった。人と人との距離が今より近くて、近すぎて、逃れる方法がありませんでした。何かイメージとしては、自分の部屋のドアを閉めることが禁止されている、みたいな。だから、自分の自由や選択はあまり大切にされなかった。常に他の人たちの目があって、ある程度決まったことしかできなかったのです。人と違うことはしにくい。
今は自由で自分自身をちゃんと守れますね。だけど、昔の人の考え方にも良いことはあります。どこだと思いますか?…難しい?
昔の人はみんなすごく距離が近い。他人でも。だから、自分だけで何かをするのは難しいけれど、みんなで何かする時はすごくうまくいっていたと思います。他人の考えていることを顔で伝え合えるので。そして、ひとりひとりの責任も今より軽かったと思います。一人でなくて全体、みんなの責任となったはずです。
…まあ、昔のことだからわからないけどね。ちょっと考えてみてください。色々な考え方があると思いますので。
そろそろこの授業も終わりの時間ですね。少し早いけど、休み時間にしてください。

生徒たちは自分の仮面に手を触れた。人前で仮面を外すのは、人前で裸になるような恥ずかしいこと、そう教わってきたのだった。

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